走馬灯

5月26日から、ずっと、うまく息ができない。
なんとかうまく以前のように生活を送ることは出来ている、はず。だけど、ずっと空っぽだ。
毎日毎日、彼が、今すぐ目の前に現れたらいいのになあと思いながら生きている。

5月26日がくるまで、わたしはずっと平気なんだと思っていた。推しのグループが事務所を辞めたところで、彼らが彼らで居続けることに変わりはないから、彼らさえ変わらなければずっと好きでいられると思うし、不安なんてない、ただ肩書きが変わるだけだ!と本気で思っていた。

わたしは新規だから、彼が今まで培ってきたものを何も知らない。血の滲むような努力とか、初めての単独公演のセトリとか、「ずっと事務所に居続ける」とメンバーが言ったあの夏の日の温度とか。だから、悲しむ材料がなかった。悲しむ権利もないと思っていたし、思っている。

 

 



5月23日、最初で最後の推しのグループを現実で見た日。この日を忘れたくない。

7人は、7人で完成する芸術作品なんだと思った。一糸乱れぬダンス、安定した歌声、纏う華、今までずっと幾度となく練られてきたであろう最適なフォーメーション。全てが完璧だった。
そして、推しが、自分のオタクを見つめるときの、愛おしそうなまなざし。今まで見てきたなによりも綺麗で、美しくて、こんなに人は綺麗な表情ができるのか、と熱に浮かされた頭で思った。推しのことが、推しのグループのことが、世界で1番大好きなんだと思った。これからもずっと大好きでいられるし、大好きでいたいと真剣に思った。この気持ちは嘘じゃない。嘘にしたくない。推しが、ファンを幸せにしたいと言ってくれたから、これからも思う存分幸せにしてもらおうと思った。

 

 

 

この気持ちが呪いになっている。

 

 

 

嫌いになりたくない。ずっと好きでいたい。推しを、推しのグループの7人を待ちたい、おかえりって言いたい、だから、他に好きな人を作れない。
好きな人なんかいなくても別に生きていける人間だったらよかった。わたしは誰かのファンじゃないと生きていけない人間だった。誰かのファンをしていること、を軸に、なんとかバラバラになった身体を繋ぎ止めて、普通の顔をして生きていただけだった。それに初めて気づいて、絶望の1ヶ月を送った。

 

 

視界が暗い。上手く話せない。ご飯が美味しくない。食欲がない。部屋が片付けられない。ベッドから起き上がれない。もう終わりにしてくれと思いながら夜を明かす。こういうことは、今までにも何度もあった。何度も何度も何度も何度も何度も。でも、その度に、好きな人の声を聞いたり、好きな人が生きているのを見て、なんとか、なんとか持ち直して、この人が生きている世界が終わるまで生きようと思って、延命してきた。なのに、今はその人がいない。完全にいなくなった訳じゃないってわかってるけど、それでも、どれだけ苦しくても、「ここまで耐えたらご褒美があるから」がんばろう、とは、なれない環境になってしまった。日々の苦しみのリセット地点を失ったせいで、ずっと苦しみゲージが溜まり続けている。それが、しにたくなるほど苦しい。わたしは、わたし1人で、どん底から這い上がる方法がわからない。これは誰も悪くない、わたしだけが悪いのだけど。


 

 

不健全な気持ちでごめん、と毎晩思っている。
わたしは、彼を推しているんじゃない、彼に依存してるだけで、彼じゃなくても依存できるならきっとなんでもいい。実際今までいろんな人に依存してきた。
わたしはオタクとして推しがいないことを悲しんでいるんじゃない。精神が脆弱な人間として、不安定になっているだけだ。

 

 

 

ファンレターにはずっと大好きです!って書けなかった。ずっと好きでいる、なんてわたしができないことわかっていたから、嘘をつきたくなかった。でも今だけは世界でいちばん大好きな人です。世界でいちばん大好きな人がいないわたしの世界は、こんなにも悲しくて、救いがない。
世界でいちばん大好きな人がくれていたのは、夢で、まやかしで、「幸せ」という名前のインスタのフィルターで、それが解けた瞬間、わたしの目の前には苦しみしかない現実だけが横たわっていた。毎日毎日ずっと、最悪な気持ちに晒され続けている。
彼らがそのうちわたしの目の前にまた現れてくれて、会いたかったよ!と言ってくれる、その日のためだけに、なんとか首を吊らずに生きている。

 

 

 

はやく大丈夫になりたい。


彼らが戻ってくることだけを信じて生きていられるほど普通の人になりたい。
今のわたしは、きっと、生き延びることくらいはできる。死ぬ勇気とかないし。そんなのあればとっくの昔に実行してる。
だから、他の人からすれば、普通の人なんだろうなあ、といつも思う。
生きることと生き延びることはこんなにも違うのに。

 

 

 

 

卒業が発表された次の日に、最初で最後のファンレターを書いた。

11月から、彼の主演舞台を観た後からずっと書こうと思って、ルーズリーフ裏表10枚分は下書きを書いた。でも、全部ぐちゃぐちゃにして捨てて、便箋3枚半に、思っていることを書き殴って、読み返す間も無く封をして、送った。
「あなたが未来永劫幸せでありますように」と書いた記憶だけがある。これは本心。推しには、世界で1番、わたしより、幸せであって欲しい。推しのこれから歩く道を全て舗装して真っ平らにして、絶対にこけて怪我をすることがないようにしたい。

そしてきっとわたしは、彼が舗装された綺麗な道を歩んでいるところに目を奪われて、足元の石ころに躓いてこけるのだ。